大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和47年(わ)40号 判決

被告人 春日原浩

昭一八・四・二〇生 雑誌記者

主文

被告人を懲役八月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和四二年四月東京都千代田区神田一橋二の三株式会社集英社に入社し、週刊プレイボーイ編集部の編集部員として働いているものであるが、同四六年八月二一日埼玉県和光市所在の陸上自衛隊朝霞駐とん地内で発生した強盗殺人事件について、同年九月二八日ごろ東京都新宿区荒木町八番地根本ビル内スナツク「パンドラ」で千田と名乗る菊井良治から右事件の計画、実行等について取材し、被告人の取材に基づいて同年一〇月五日発売の週刊プレイボーイ一〇月一九日号に「独占スクープ」「朝霞の自衛官殺しはオレたちだ!」「謎の超過激派<赤衛軍>幹部と単独会見」と題する記事が報道され、右記事を重視した埼玉県朝霞警察署捜査主任司法警察員高橋孝人より、同年一一月五日及び同月一四日の二回にわたり取調べをうけたが、菊井良治が前記被疑事件の犯人として警察において捜査中のものであることの情を知りながら

第一、同年一一月九日ごろ前記スナツク「パンドラ」において、翌一〇日ごろ同区同町七番地飲食店「ごん助」において、右菊井に対し、警察官に調べられたが、警察ではすでに君の写真を入手しており、君の氏名を知つている。捜査は進展しているから逃げた方がいいなどと申しむけて警察の捜査状況を告知するとともに逃走を勧告し、

第二、同年同月一六日同区四谷四丁目九番地の当時の被告人宅において、同所に来合わせた右菊井に対し、朝霞警察署で調べられたが君の逮捕は近いからこの金は逃げるのに使えなどと申し向けて警察の捜査状況を告知するとともに逃走資金等として現金一万円を供与し

もつて犯人を隠避せしめたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人の主張の要旨

弁護人の主張を要約すると、「(一)警察は菊井良治を朝霞事件犯人の重要な関係者と考えて身辺調査などの捜査はしていたが、少くとも昭和四六年一一月一六日菊井逮捕の時まで、菊井を「罪ヲ犯シタル者」と断定して、その身柄の「発見、逮捕」を目的とする捜査をしていた事実はない。一一月五日に高橋警部は「徳正」でプイレボーイ誌の記事の取材経緯等について被告人より事情聴取しているが、当時菊井を犯人とする証拠は警察になく、右事情聴取そのものが、被告人より情報提供者が菊井であることの確認をとり、あわせてオフレコなどをきくことにより、菊井の朝霞事件とのつながり、役割りを証明する証拠を集めることにあつたにすぎない。高橋警部の証言は、結果的に菊井を犯人の一人として起訴するに至らせた自信から、遡つて一一月五日当時においても既にその確信をもつていたと云い張るにすぎず、同警部が被告人に「菊井は朝霞事件の真犯人である」とか「菊井を逮捕します」と話したとまでのべているが、当時の捜査状況で逮捕できる筈がないことは、当時菊井の所在も氏名も警察において判つていながら逮捕していないことからも明白であり、同警部の証言は措信できない。(二)他方被告人は菊井を終始格好の学生運動の情報屋と考えて接触していたのであつて、産経新聞の記者土屋達彦と会い、或は高橋警部から事情聴取された後においても、(イ)そもそも刑事事件の犯人自身が情報を売りに来る筈がないこと、(ロ)警察から右記事の情報提供者を犯人と断定する理由について何ら説明をうけなかつたこと、(ハ)菊井自身が、合法部門担当で事件に関係ないと断言していたことなどから、同人を「罪ヲ犯シタル者」と考えていなかつた(尚プレイボーイ誌は記事の面白さを第一としその真実性については大して考慮を払つていない雑誌であるから、被告人の右取材記事から被告人が菊井を真実犯人であると考えていたとはいえない。)。又「罪ヲ犯シタル者」であるとの認識は、官憲がその者を「罪ヲ犯シタル者」として捜査している事実を知つていることで足りるとしても、官憲がその者を、もしや「罪ヲ犯シタル者」ではないかと考えて内偵している事を知つた程度では、本罪成立の要件である客体が「罰金以上ノ刑ニ該ル罪ヲ犯シタル者」であることの認識があつたとはいえない。(三)菊井は逮捕されるまで逃走することを考えておらず、被告人は隠避行為、すなわち警察による菊井の発見、逮捕を妨げる行為をする意志もなく隠避行為にあたる行為もしていない。犯人隠避罪はいわゆる危険犯といわれるが、ここで危険とは「罪ヲ犯シタル者」を「隠避セシメ」たことにより発生する官憲による発見、逮捕が妨げられる危険を指すもので、したがつて「隠避セシメ」た事実の存在を前提とするが、菊井に逃避行為がないから、被告人の行為によつて菊井の発見逮捕が妨げられた事実はなく、本罪は成立しない。」というのである。

二  当裁判所の判断

前掲関係証拠によれば、被告人の本件犯行に至る経緯として大略次の事実を認めることができる。

(一)  被告人は昭和四六年九月二七日、「青山」と自称する者から、朝霞の自衛官殺害事件や赤衛軍のことを話したいという電話をうけ、水城活版副編集長と相談の上、編集員加藤哲郎と二人で、翌二八日被告人の内妻神崎南子の経営する前判示スナツク「パンドラ」で青山の友人「千田」と名乗る者と会い、右事件はわれわれのグループがやつたのだという右千田から同事件の計画、実行、事件に対する感想、今後の展望等について取材し、更に被告人において翌二九日、三〇日と取材をつづけ、右加藤哲郎外一名と協力して、問答形式による「赤衛軍」幹部との単独会見記の原稿を完成し、右記事は前判示のとおり同年一〇月五日発売のプレイボーイ誌で報道されたこと。被告人はその頃右千田に五万円づつ二回にわたつて取材協力費として一〇万円を支払つたがその後も同人から左翼学生の情報を提供してもらう意図のもとに都内各所の喫茶店、スナツク、バー等で接触をつづけていたこと。

(二)  他方右事件を捜査中の朝霞警察署は、その頃朝日新聞記者豊田某から、右事件直後同人が犯人と自称する男から犯行の計画、実行、感想等について直接聴取したこと、その際右情報提供者は、当時事件直後のことで、捜査官においても知り得ず、その後の捜査で判明した、被害者から「警衛」の腕章を奪取した事実をのべていたことの報告をうけ、右情報提供者を犯人又はそのグループに属する重要人物と目して捜査していたが、前記プレイボーイの記事内容と、豊田記者の陳述内容とを比較検討した結果、両者は犯行及び現場の状況、事件に対する感想等について極めて相似るものがあり、右豊田記者及び被告人に時を異にして情報を提供した者は結局同一人ではないかとの想定を立て、捜査した結果右プレイボーイの取材記者が被告人であること、被告人が情報提供者「千田」となお接触をつづけていることを探知し、被告人及び千田の行動を尾行監視して同年一〇月二二日右千田の写真撮影に成功し、更に同人を尾行してその下宿先をつきとめ、聞込み捜査の結果、同月二八日右千田が日大哲学科二年在学の菊井良治であることが判明するとともに、更に前記豊田記者に右千田の写真を示し、事件直後情報提供に来た者に相違ない旨の確認を得、犯人は日大関係者であるとの従来の捜査の線とも一致したのであるが、右菊井の犯行関与の程度、態様についての確証が得られなかつたところから、同事件の捜査主任警部高橋孝人は同年一一月二日プレイボーイ副編集長水城顕と面談し、集英社へ情報を提供した者は真犯人だと思うから、被告人より取材に至る経緯、取材内容、犯人特定の方法、取材の際のオフレコ等について直接事情聴取できるよう捜査への協力を依頼した結果、同月五日都内中野区中野五の五五の七所在飲食店「徳正」において、調書を作成しない条件で、前記水城顕、編集長五十嵐洋立会の上、被告人は高橋警部の取調をうけるに至つたこと。その際同警部は被告人に右記事の情報提供者は事件の本星であるとのべ、取調内容については外部にもらさないよう依頼し、右菊井の写真一枚を示して同一人物の確認を求めたが、被告人の確認は得られなかつたこと。

(三)  その後捜査が進むにつれて右事件現場に犯人が遺留した「緊急指令通達」「緊急通達」というメモの筆蹟が菊井の筆蹟と一致することが判明し、菊井の容疑が深まつていったが、同事件についてかねてより独自の調査をつづけて来たサンケイ新聞浦和支局は、前記プレイボーイ誌の記事に着目し、同支局所属記者土屋達彦が被告人と知り合いのよしみから、被告人と数回会つて事情を聴取し、その後の捜査状況等について併せて検討した結果同年一一月一四日発売のサンケイ新聞で「自衛官殺しは日大生」「朝霞事件近く逮捕状」という見出しの記事を報道したため、被告人はサンケイ新聞に何らかの情報をもらした疑いをかけられ同日朝霞警察署で高橋警部の取調を受けたこと。以上の認定事実は弁護人の主張に対する当裁判所の判断の前提事実である。ところで刑法一〇三条の犯人隠避罪は、「罰金以上ノ刑ニ該ル罪ヲ犯シタル者」であることを認識して、その者を「隠避セシメ」ることによつて成立するが、ここで犯人であることの認識とは、その者が犯人の嫌疑で捜査中の者であることの認識で足り、又「犯人」とは本件のごとく複数人の事前の計画に基く犯行であることの予想される事件の場合は、犯行の実行行為者のみでなく、共犯者を含み、犯行加担の態様、程度の認識までは必要ないと解すべきであり、又「隠避」とは蔵匿以外の方法により官憲による犯人の逮捕、発見を妨げ、もつて刑事司法機能を妨害するおそれのある一切の行為をいい、犯人に捜査官による捜査の進展状況を告知したり、逃走の便宜を与えたりする行為は「隠避」に該当し、現実に犯人が逃避した事実或は犯人の逮捕、発見が妨げられた事実は必ずしも必要としないと解すべきである。

1 ところで本件で問題となるのは、前認定のごとく被告人が一一月五日「徳正」において高橋警部から事情聴取された際、同警部から千田こと菊井良治の写真を見せられ、事件の本星(真犯人)として捜査をしている者である旨を告知されているのであるが、弁護人はこの点について、当時の捜査状況から捜査官側において右菊井を真犯人の一人と確信する証拠をつかんでいなかつたのであるから、被告人が菊井を単なる情報の提供者にすぎないと信じていたとしても不合理ではない旨主張する点で、当時捜査官において既に右菊井の所在を探知しており、同人を発見逮捕し得たのにその挙に出ていなかつたことは弁護人の主張するとおりである。したがつて前記高橋警部の菊井は本星(真犯人)である旨の告知は当時捜査官側において菊井の犯行内容を特定するに足る確証を欠いていたため、同人の逮捕を暫時見合せていた事情、捜査官として捜査状況の詳細を告知できる段階ではなかつた事情を考慮しても、多分にいわゆる「ハツタリ」をきかせた発言という外はないが、しかし前認定の事実に徴すれば、当時捜査官側において右菊井を朝霞事件の真犯人(犯行担当者)か又はそのグループに属する重要人物として捜査していたことが明らかであり、弁護人主張のごとく、「もしや犯人ではないかと考えて内偵しているにすぎない者」であつたとは到底認められないから、これを前提とする弁護人の主張はすべて失当である。

2 次に弁護人は、被告人は千田こと菊井良治を終始学生運動の格好の情報提供者と考えていた旨主張し、被告人の当公判廷の供述によれば、右主張に沿う供述がみられるが、他方前掲関係証拠のうち特に検察官に対する昭和四七年一月二六日付供述調書によれば、菊井は八〇%犯人と思つていた旨の供述が見られるので右供述のいずれが信用できるかが問題となるが、被告人の取材にかかる前判示プレイボーイ誌の記事は、同誌が弁護人主張のごとく記事の面白さに重点があり、その真実性は余り考慮しない雑誌であるとしても、被告人による三日間の取材内容についてはその真実性について相当慎重な検討がされた結果報道されるに至つたものであることは前掲関係証拠により明らかで、仮に被告人が右菊井を、当初は合法部門担当者であるとの同人の言を信じ、単なる情報提供者であると思つていた(被告人の捜査官に対する供述によれば犯人かどうかは五分五分としても、前認定のごとく一一月五日「徳正」において高橋警部から菊井は本星であると告知された以後(判示第一の犯行当時)は、成程同警部から犯人である根拠について何らの説明もされなかつたことから、その言だけで犯人であると確信するに至らなかつたにせよ、もしかしたら犯人の一人かも知れないと考えたが、同人と接触を続けている間に意気投合し合う面も生じ、又追われる者への同情的な心情から敢えて本件犯行に及んだ(未必の故意)と認むべきで、このことは、前掲関係証拠によつて認められるように被告人が判示第一の犯行に際し、菊井に対し被告人との電話連絡方法を従前の被告人の自宅又は勤務先から、被告人の知人で都内六本木北日ヶ窪住宅小田原つや方に居住する中川葉子(四〇八局七九三七番)を中継所とするよう変更したこと、前判示のとおり菊井に逃走を勧告していることから明らかで、被告人の右未必の認識は前認定の同年一一月一四日発売のサンケイ新聞の記事を知つた以後(判示第二の犯行当時)においては一層深まつたものと認むべきであり、右認定に反する前記被告人の当公判廷における供述はたやすく措信できないから、この点に関する弁護人の主張も失当といわねばならない。

(法令の適用及び情状)

被告人の判示各所為はいずれも刑法一〇三条、罰金等臨時措置法(刑法六条により昭和四七年法律第六一号による改正前の法律)三条一項一号に各該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により犯情の重いと認める判示第二の罪の刑につき法定の加重をした刑期範囲内で処断すべきところ、被告人の本件犯行は、前判示のとおり二回にわたり高橋警部から菊井との接触の状況について取調をうけた直後に行われていること、被告人が報道機関の一員として種々の情報を収集し得る立場にあつたこと、問題の朝霞事件の罪質、社会一般に与えた影響等を考慮すると、その刑事責任は決して軽視し難いのであるが、被告人が偶然に菊井と知り合い朝霞事件についての取材を行つた当初の段階では必ずしも同人を右事件犯人グループの一員であると確信していたわけではなく、いわば半信半疑の状態で、取材源として利用する意図のもとに同人と接触をつづけているうちに前認定のとおり意気投合し合う面も生じ、漸次深みにはまつて本件犯行を誘発するに至つた事情、弁護人主張のとおり被告人の本件犯行は、結果的には捜査官による菊井の発見、逮捕の妨害とはなつていないこと、被告人が菊井に与えた判示第二の一万円は同人が被告人の依頼により一〇・二一国際反戦デーのルポを行つた謝礼の趣旨も含まれていたこと、被告人には前科前歴なく、真面目な社会人として生活して来たものであり、将来も同様な生活が期待できること等諸般の事情を考慮し、所定刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処し、同法二五条一項一号によりこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用の負担について刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例